ブログ

HOME > ブログ > 骨折等の怪我 > 【御所南リハビリ日記】交通事故の後遺症とリハビリ 職場復帰を目指す

【御所南リハビリ日記】交通事故の後遺症とリハビリ 職場復帰を目指す

骨折等の怪我

京都大原記念病院の「おおはらリハビリ日記」に続く御所南リハビリテーションクリニックの新コーナー!
今回はTさん20代(取材当時)・男性に話を伺いました。

1002_01

▼作業療法で生活動作改善 職場復帰へねじ止め作業

一昨年の秋、バイクの自損事故で首を骨折して、右半身に麻痺が残りました。病院での手術と治療を終えて、普段の生活はほぼ支障なくできるようになりました。今は実家から御所南リハビリテーションクリニックに通って、日常生活動作のさらなる向上のかたわら職場復帰に向けてのリハビリテーションに励んでいるところです。

リハビリテーションは、体幹と腕を鍛えるためのメニューと職場復帰に向けた作業療法が中心です。体幹トレーニングは主に腹筋で上半身を起こしたり、うつ伏せになってひじで体を支えたり、さまざまなバリエーションがあります。サッカーをしていたので体力には自信があったのですが、左はできても麻痺の残る右ではできなかったり、事故前に比べると筋肉が相当落ちたりしているのでつらいメニューも多いです。

生活動作はかなり改善できました。風呂で体を洗ったり階段を登ったりできますし、退院時には杖が必要でしたが自力歩行も可能になりました。職場復帰に向けては、六角レンチでボルトをねじに固定する作業を繰り返しています。最近では、60個のねじを何分で仕上げられるか時間を計ってもらいます。スムースにできるようにはなりましたが、終わると右肩が張ってくるので入念にストレッチします。

    

▼車いすから自立歩行実現 記憶の障害も克服めざす

2013年10月4日夜のことです。バイクに乗っていて転倒し、気が付くとベッドの上でした。現場は九条通近くで向日市内の勤務先から上京区の自宅に帰る途中だったのだろうとは思うのですが、電柱にぶつかったのか溝に落ちたのか、誰が救急車を呼んでくれたかなど、発生時の記憶はほとんどありません。首の上部骨折と低酸素脳症で、右半身麻痺のほか意識障害もあったせいではないかと思っています。

翌2014年3月に転院して本格的なリハビリテーションを始めました。最初は車いすから立って歩くのと右腕を上げるところからだったので、よく回復したものだと喜んでいます。同年11月に退院し、主治医の紹介で御所南リハビリテーションクリニックに通うようになりました。ここは雰囲気が明るくスタッフは親切なのでさまざまな面で助かっています。

復職した時に、指示されたことを忘れるようでは困りますので、記憶に関するリハビリテーションも行っています。カードを何枚か見せられて、数分後に何が描いてあったか聞かれるのですが、ぽろぽろ忘れることもあります。これまで比較的順調に回復してきましたが、今後は「リハビリテーションによる伸びしろはゼロではないが限られてきます」とも言われています。会社には休職扱いにしてもらって2年近くになり、いつまでもこのままではいられないと思います。将来に向けての課題は多く、いささか焦りはありますが、今できるリハビリテーションを大切にして励んでいきたいですね。

▼リハビリテーションプロフィール

親元を離れ、一人暮らしをしようと準備していた矢先の事故だった。「いつまでも親に迷惑をかけられない」と再び一人暮らしの準備にかかっている。そのためにはより一層、料理などの生活動作を向上させたいと、リハビリテーションに余念がない。小学校時代からサッカーを続けてきた。伏見工サッカー部を経て、京都市南部の社会人チームでセンターバックのポジションをこなしていた。「再びサッカーをやりたい」という夢は捨てていないが「基本動作が第一。まず生活できるようにならないと」と当面の目標を大切にしている。

職場では精密機械の組み立てを行っていた。ミクロン単位の細かな仕事で、チームのメンバーが箇所ごとに分担するので、一人が遅いと全体の作業に影響する責任の重い態勢。もっと細かい作業ができるようになることが復職の条件だ。

会社には休職扱いにしてもらって2年近くになり、いつまでもこのままではいられないと感じている。それでも「今できることを大切にしたい」とあきらめずにリハビリテーションを続けていくつもりだ。

関連記事

  • 記事はありませんでした